

“カメラを持ち歩き、日々を気軽に撮影した写真を大事にしたい”という
GRの写真への思いのもと、GRシリーズで写真を楽しまれているみなさまに、
幅広く参加していただく企画として、2022年より実施しています。
世界各地の写真家複数名に、それぞれの視点で作品を選んでいただく、
作品の優劣や順位をつける従来とは少し異なるフォトコンテストです。
賞金も賞品もありません。
テーマは「日常」。
なにげない毎日にこそ、大事な瞬間がある。
カメラを持っていると、日々そのことに気づかされます。
そんなあなたの大切な「日常」を、ぜひGRで残してみませんか。
「GR PHOTO FESTIVAL」を通じて、写真の楽しみ方や
新たな視点に出会う機会になることを願い、世界中から多くのご応募をお待ちしております。
みなさまのそれぞれの視点で「日常」をテーマに、世界各地から約9,500点もの作品をご応募いただきました。ご応募くださったみなさま、ありがとうございました。
それでは、世界各地の審査員10名がそれぞれに選定くださった3作品を紹介させていただきます。
※姓のアルファベット順
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树·先生
(China)
GR III
選評
親子で過ごせる儚い時間を想起させる作品。構図とライティングによって、観る者を引き付ける構成になっていて、フレームの中に複数のフレームが存在しています。影で被写体が誰だかわからないように撮影されているため、観る者が共感できる普遍的な作品になっていると思います。 -
刘旻尚
(China)
GR IIIx
選評
公共の場でスマートフォンを使うことは、あまりにも日常的な行為です。これは、そんなありふれた光景を切り取り、美しい抽象的なイメージに仕上げられた作品です。ほんの少しのポップな色が存在するミニマルな場面の中でスマートフォンをいじる男性が捉えられています。その男性の隣にはクタクタに疲れて昼寝をしているように見える人物が座っています。2人は物理的にとても近い距離にいますが、互いにとって相手の存在は極めて遠い存在なのです。 -
张裕烽
(China)
GR III
選評
歩くことは、あまりにもありふれた動作であるため、私たちはその美しさ、そしてそれが人類普遍の体験であることを忘れがちです。ライティングによって脚だけが浮かびあがり、歩いている人物の正体を知るすべが奪われています。歩行という動作を独創的なイメージに昇華した大胆で抽象的な作品だと思います。
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潘宇轩
(China)
GR IIIx
選評
作業員の日常を美しく捉えた作品。制服の統一されたエメラルドグリーンが、土の落ち着いた色だけでなく建物の霞がかった輪郭線とも見事に調和しています。全面を使って、集団の文化にしたがって毎日繰り返される大変な生活が描かれています。9人の作業員の身振りや行動を切り取ったタイミングもまた絶妙で、詩的でありながらリアルなスナップショットに仕上がっています。 -
Adam Taufiq Suharto
(Malaysia)
GR III
選評
この作品では、学校あるいはコミュニティセンターでの日常を伝えるため、仰角で撮影されています。さまざまな動きをする人物が「円」の中に配置されています。この円の構図にはよく気づいたなと思います。それぞれが自分の作業に集中しているか、自分の世界に浸っています。「単語を作る」作業は観る者に想像する楽しさを提供します。また、Mの文字を手渡す瞬間が画面の中央に巧妙に配置されています。すべての要素をバランス良く構成することで、複雑さが見事に緩和されています。色調に非常に真実味があり、視覚的にも美しいと思います。 -
Cristobal A. Padilla Moreno
(Chile)
GR III
選評
この作品は2つのセクションに分割されていて、それぞれに異なる色温度が使われているため、2つの異なる世界が共存しているかのような錯覚を引き起こします。さらに撮影者は、2つの通路が分岐する場所を二点透視図法の構図で美しく捉えることができる絶妙な位置で撮影しています。両側の場面はそれぞれ細部まで見事に捉えられていて、観る者はさらに細かな部分を知りたくなります。1枚の写真の中にある2枚の写真と向き合っているような感覚になる作品だと思います。この夜の情景がありありと伝わってくるのが喜ばしいです。
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祎水
(China)
GR III
選評
目の前の電線が楽器の弦のようにも、五線譜の線のようにも見えます。線を掴んでいるような手が加わるだけで、いつもの日常の風景が豊かに面白く見える写真だと感じました。写真は撮影者の目線を共有できるものですが、この写真は特に、撮影者からは青空と電線がある景色はこんなふうに見えているのだと受け取ることができました。雪がまだ少し残った冬の冷たくて空気が透き通っている温度を感じる色のトーンも効いています。 -
mizuka
(日本)
GR III
選評
手前の女性と、鏡の中の犬と男性。1枚の中にいくつものレイヤーがあり情報が多いながらもモノトーンで写っている情報が整っていて真っ直ぐに伝わる印象です。一つ一つのものを見ていくと、犬と男性の表情や女性の躍動感のある後ろ姿の対比に面白さを感じます。犬を撮りたいとカメラを構えたら男性と女性が映り込んだのか、女性を撮ろうとしたら奥の犬と男性に惹かれてピントを変えたのか。撮影している時の様子をとても想像してしまう写真です。撮影の前後を想像してしまい、イメージがより膨らむ写真はいい写真だと思っています。 -
Nati Namvong
(Thailand)
GR II
選評
子供の突拍子もなく好奇心に満ちた行動が写っていて笑みがこぼれました。GRの、瞬間を逃さない機動性が生かされている写真だと感じました。目の前で突然起こったことに対して面白さと楽しさを感じつつも手を動かしてその瞬間を逃さない。子供と行動していると見たことのない景色や、感じたことのない感情に連れて行ってくれるんだろうと思います。撮影者は常日頃、このように目の前の瞬間を切り取っているんだろうと感じました。
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快门师傅 徐威
(China)
GR III
選評
画面の中でさまざまな要素が巧みにレイヤー化されており、夕焼けに照らされた人々の様子が近くから遠くまで見て取れます。大きな犬は画面の重要な部分を占めており、いつでもレンズを舐めに来れそうに感じます。犬の画角への「侵入」がなければ、これはごく普通の作品といえるでしょう。
現場にはきっと湿った空気、暖かい太陽の光と笑い声があり、本当に快適な夕方なのでしょう。特に画面の中で表現されているような中国の忙しい大都市では、このような快適な時間はもっと大切にすべき時間だと思います。撮影者がこの水辺の「のんびりパーティー」の参加者の一人かどうかはわかりませんが、撮影者にはとても感謝しています。なぜなら、彼の写真を通して、このような素晴らしい午後に自分も参加しているように感じられるためです。 -
略商
(China)
GR III
選評
この写真は、初めて見たときから構図が非常に印象的でした。最初の選別を終えた数日後、どの写真がまだ印象に残っているか考えたとき、この写真が真っ先に浮かびました。私は、構図の原則を簡素な方法でまとめることはめったにしませんが、間違いなくこれはシンプルで美しいモノクロ作品の1枚で、しかもこのGR特有のモノクロの表現方法もとても気に入っています。この細身の若者が何を見て何を思っているのか、と考えたことがありますが、ふとそれが、まさに撮影者が私にやってほしいことだろうと気づきました。ふふふ、まんまと術中にはまってしまいましたね。思いがけない面白い作品です。 -
西田晶子
(日本)
GR IIIx
選評
あはは、彼は強制的に歯を磨かれているのでしょうか?非常に面白いです!お父さんは彼をコントロールできているのでしょうか?私も子どもに同じようなことをしたことがある気がします。お父さんはとても強くて根気強い様子に見える一方で、子どもは目を閉じて口を開けたまま自分の足を握っていますね…。これらがこの温かい家庭の廊下で起こったとき、この面白い写真を撮ったのはきっとお母さんに違いないでしょう。
この子が大きくなって、子どもの頃にお父さんになされるがまま歯磨きされている自分の写真がGRコンテストに入選したと知ったとき、きっと思わず笑ってしまうでしょう。おそらく彼はお父さんとお母さんのことを思い返し、やがてそのすべてがGRでの日常の撮影の価値になることと思います。温かみのある写真は、いつでも記念すべき一枚になります。
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nicole sánchez
(Portugal)
GR III
選評
このイメージには、立ち止まって考えさせられるいくつものレイヤーがあり、どのレイヤーも好奇心を掻き立てます。影の中にいる人物は、別の次元からやってきた精神のように、時間にとらわれていないようにみえます。絶えず動き続ける活気に満ちた街並みを背景にすることで、最前面の静寂に包まれた孤独な人物とのコントラストがはっきりと際立っています。廊下は魂の旅——慣れ親しんだ世界から未知の世界へと続く道——のメタファーのように感じられます。白黒で表現することでドラマが一層引き立ち、写真が単なる一瞬ではなく、言葉のない物語に仕上がっています。 -
Eric Lopez
(Spain)
GR III
選評
まさにカオス!もちろんいい意味でのカオスです。この画角の中であまりにも多くのことが起きていて、目がグルグルと回ってしまいそうです。構図がすばらしいと思いますし、ユーモアがある点は高く評価したいと思います。自由に想像が広がるような謎が、数え切れないほどあります。子どもにとってお風呂とは、石鹸が目に入り、痛い思いをする時間であることがほとんどです。だから子どもはお風呂を嫌います。でも、子どもがお風呂を好きになるための手段が、この泡の爆弾だったらどうでしょうか?泡が目に入り目を細めながら顔についた泡を払い落すのに必死な大人をしりめに、子どもたちはゴーグルをつけ、水中で恐れを知らないサメになるのです。右下の手は、すべてを阻止しようとしているようにみえます。でも、手遅れですよね?白い泡がこの場面を引き立てるキャンバスとして機能しています。お見事! -
Shiho Ichimura
(日本)
GR10
選評
気づいたら何度も何度もこの作品を観てしまっていました。この作品には私を立ち止まらせ、笑顔にする何かがあります。まさに今年のテーマのメタファーといえる作品でしょう。おおかた予想を裏切ることのない日常のように、私たちは重ねられた新聞の下に何が隠されているのか当然わかった気になります。でも本当にわかっているのでしょうか?たしかに姿形には見覚えがあります。でも、「絶対に」間違いないと言いきれるでしょうか?この包みの中にはサプライズ——ありふれた単調な日常を破る思いもよらない何か——が隠されているかもしれません。要するにこの作品は、「予想どおりにしかならない瞬間にさえ、考えを改めるきっかけとなる予期せぬことが起こる余地はある」ということを思い出させてくれるのです。個人的にとても好きな作品です。
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Yury Zhirnokleev
(Russian Federation)
GR IIIx
選評
若干抽象画のようなところに心を掴まれました。この作品は非常に繊細で美しく、ゴッホの作品を想起させます。秋の星月夜に、撮影者は鮮やかな紅葉の風景から、水面に反射した目を見張るほど美しいイメージに見事に焦点をシフトしています。
水鏡効果を用いることで、芸術的なひねりが生み出されています。
水に反射した青空によって作り出されたキャンバスに映る黄色い木の葉はひときわ美しく、水面の渦によって絵画のような効果が引き立っています。しずかなさざ波が暗い色の枝を見事に映し出し、水面に落ちた星のように鮮やかな木の葉がイメージに奥行きと二面性を与えています。これによって、真実と表現の間にある二元性の概念に視覚的な意味が追加されています。 -
惠
(China)
GR IIIx
選評
シンプルですが、同時に複雑であるという点が気に入っています。
雲のような白い服を着た女性が空のような青い自転車に乗っている場面が、白い金属製の多孔板越しに捉えられています。
色域が狭いことが、流れるような自然な形状と硬質の人工物という対立する要素を調和させるのに役立っています。
撮影者の視点での微妙な傾斜によって、一層前に進んでいる感じが増幅されています。撮影者は、ほんの少し傾いたアングルで撮影しているだけでなく、真正面から撮影することを避けています。風で乱れた黒髪の束によって、調和のとれた全体にさらに動きが出ています。撮影されたタイミングが完璧で、交差する金属の骨組みの配置によって、絶妙なフレーミングが生み出されています。 -
Jay Melliza
(Philippines)
GR III
選評
光と影の美しいバランスを捉えた作品。
画面左側が暗く、右側に向かって徐々に光が差し込み、風景が明らかになっているのが、視覚的に美しいと思います。奥では一部の葉が燃えているのか、それとも、ただ霧が濃いのか。この霧のおかげで、枝の間から差す温かい太陽の光が美しく引き立って、場面に奥行きと惹き付けられる魅力がプラスされています。この美しさ——神秘的ともいえる田園風景——を説明するディテールを見つけるため、観る者を迷い込ませる作品です。2人の人物が構図に自然に溶け込んでいるため、この作品の真の主役である光が見事に引き立っています!
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心若止水
(China)
GR III
選評
大きな躍動感と同時に、不思議なほどの静寂感も同時に伝わってきます。籠の中の鳥たちも青い光の中で独特の存在感があり、写真を見ながら様々な思いが駆け巡ります。 -
Maksym Romenskyi
(Portugal)
GR IIIx
選評
たった一枚の写真の中に、主題は女性の足と白いパンプス、そして小さな赤ちゃんの足。偶然にもテーブルの上に描かれた女性の肖像画を見ながら、まるでそこに写されている女性の人生のいろいろが写されているようにも見えます。 -
Giuseppe Critone
(Italy)
GR IIIx
選評
まるで実像と窓ガラスに映った虚像が入れ替わってしまっているかのような錯覚を覚えながら、そんな彼女の表情の中から、まるで共に時空を旅しているかのように感じることが出来ます。
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Cezar Niculescu
(Romania)
GR III
選評
何気ない一日の興味深い瞬間を捉えた作品。ムーディーなアート映画のスチール写真のように、ありふれた場所という舞台に、演者が配置され、それぞれの演者が語られることのない悩みや人生を抱えています。 この作品は観る者に複数のシーンを提示します。手前、真ん中、奥のシーンそれぞれに観る者の視線を引き付けるポイントがあります。観察、予測、構図、撮影技術、高度なテクノロジー、雰囲気、ポストプロダクションについて学べるこの上ないマスタークラスのような作品です。 -
Adam Ramjean
(United Kingdom)
GR III
選評
未知の瞬間を予感させる、多彩な人々を捉えた現代の絵画のような作品。被写体にはそれぞれ個性と物語がある一方で、この瞬間は全員が目撃者としても存在しています。撮影者がこの瞬間のもう一人の登場人物、すなわち参加者そして観察者として存在しているように。個人的には、被写体となっている人々がこれまでどんな人生を歩んできたのか、どんな人生が彼らを作ってきたのかがとても気になります。美しい視点で観察され、絶妙な構図で撮影、表現された作品。 -
UMARETA DAN
(France)
GR III
選評
大勢の人が盛り上がり、彼らのエネルギー、興奮、情熱が渦巻く瞬間。人々は個人ではなく集団と化します。体は別々ですが、心がひとつになります。撮影者は二重性をもっています。撮影者はこの瞬間集団の一人でありながら、集団から離れて振り向き、この瞬間を撮影する個人でもあるのです。この二重性からは、撮影者が制作に深いこだわりをもっていることだけでなく、一人の人間であるという本質、そして一人の人間であることについて深く考えることの本質にも非常にこだわっていることがわかります。この1枚の写真の中には、アーティストとして、カメラマンとして表現したいと強く願う要素がすべて捉えられています。
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于斯也
(China)
GR III HDF
選評
日常の何気ない1コマを美しく捉えた作品。小さな光源に照らされている子どもがとても気に入っています。コントラストと孤独が説得力のある形で捉えられています。
子どもを中心に、観る者の視線をすぐに子どもの表情と温かみのある光へと誘う構図が効果的です。光によって生み出される影がドラマチックな効果を演出し、子どもの輪郭が引き立ち、作品の感情的な深みが一層増しています。被写体の周りに余白が使われている点がとても気に入っています。この余白には、孤独感を増幅するだけでなく、子どもが置かれている環境——あるいは子どもが置かれている環境がわからないこと——に観る者の意識を向ける効果があります。
この作品は画面構成もポイントです。光が焦点として機能し、観る者の視線を内側へと誘導します。撮影者が決めた視点が示唆する親密さと脆さは、共感できるだけでなく、改めて考えるきっかけにもなります。全体的に、そして光と影の交錯と絶妙なアングルによって、見事な構図が生み出された作品だと思います。 -
Z.h
(China)
GR IIIx
選評
ビーチに出かけるという日常のありふれた出来事を非常にバランスのとれた構図で捉えた作品。観る者の視線は、中心に配置された、しゃぼん玉で遊ぶ子どもに誘導されます。左右それぞれに2組の人物——湿った砂の中にある何かを探っている2人と波打ち際を歩く2人——を配置することで、対称性が一層引き立てられています。この鏡映対称の配置により、作品の中の人々が同じ体験を共有していることが伝わる調和とリズムが生まれています。
光と影の使い方が見事です。明るい空が逆光となり、明るい水平線を背景に真っ黒なシルエットがドラマチックに浮かびあがっています。波打ち際を遠くにみせる遠近感が広大さを演出し、時の流れが止まったかのような印象を生み出しています。
光と影を巧みに用いて表現された非常に迫力があり、感情に訴えかける作品だと思います。 -
Penphan Tarczaly
(Thailand)
GR III
選評
人々が通勤あるいは通学をする都会のありふれた日常を切り取った作品。縦長のパネルで分割された構図により、秩序感覚、そして同じことが繰り返される感覚が表現されています。ぼんやりとしか見えませんが、パネルの向こう側に並ぶ人々の姿によって、集団の匿名性と繰り返される日常という共通の体験が示唆されています。
光と影の相互作用が気に入っており、それが作品に別の意味を重ねています。パネルを透過する明るい光によって、暗い部分との明確なコントラストが生まれています。立っている人の体の一部は見えるのに姿がはっきりとは見えない感じが好きです。「誰だかわからない」感が強く印象に残ります。
一枚一枚のパネルが全体を1枚のイメージとして観ることを妨げ、各パネルに視線を誘導する額縁構図により、公共の場でのプライベートな瞬間を垣間見ることができます。人物がイメージの奥へと溶け込んでいくような遠近感を用いることで、奥行きが生まれています。
考え抜かれた構図、光と影の使い方、フレーミングを駆使し、観る者に匿名性、同じことが繰り返される毎日、そして都会では社会生活と私生活が隣り合わせに存在することについて考えさせる作品です。日々の自分の存在意義を作っているありふれた瞬間について改めて気づかせてくれる、心に強く訴えかける作品だと思います。
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马可风
(China)
GR IIIx
選評
シンプルかつ古典的な美しさは、しばらく見つめる必要があります。--優れたクリエイターは、その瞬間感じているすべてを画像という言語を通して未来に残すことができます。写真は常に過去にまつわるものですが、人々はどのようにして過去と未来を行き来するのでしょうか?
目の前の漁網、少年、そして海水は驚くほど静かで、彼らはいったいあなたをどこに連れて行くのでしょうか?過ぎ去った自分を見つめるように、写真を見つめ続けてください。あなたが身をかがめれば、時間はあなたにゆだねられます。写真の中の少年は、それでも少年のままで、「天は長く地は久し、海は乾いて岩は朽ち果てるように、永遠は永久に続く」と言うかのようです。
人々は人生の中で、引き揚げ続けています。金や、魚やエビ、そして自分を。あなたは今、何を引き揚げているのでしょうか?最も素朴でシンプルな構図に「抑制」と「思うがままの自分」を閉じ込め、観る者が立ち止まることができるように--長い間足を止めても、写真にはまだ多くの秘密が隠されており、あなたがそれらを発見するのを待っています。 -
Bjørn Kaas
(Senegal)
GR IIIx
選評
頭頂部に垂れ流したままの「LOVE」が書かれた人が、そそくさと通り過ぎたら、一目見て好きになる人はいるのでしょうか?私も目がくらみ、稲妻のように飛び去ってしまうところでしたが、制御できない不器用さが彫刻のごとく定着剤で固定されているようです。いったい写真が魔法をかけているのでしょうか、それとも神性が漂っているのでしょうか?
二回目に見ると、誰が「愛」さないでしょうか?「良い」写真は世界中に一時停止ボタンを押させることができます。良い写真は私たちを泣かせたり、笑わせたりしますが、あんなにも普通の日常が、なぜこんなに目を引くのでしょうか。
アッバス監督の映画の中で男性は花を抱いてバイクに乗っています。目の前の男性はきっと映画や劇場から出てきたのでしょう。ほら--彼の服にはまだほこりとしわがあり、彼の芝居はまだ終わっていません。
そして三回目に見ると、愛がいっぱいに書かれた帽子が欲しくなるでしょう。しかしこの帽子は重すぎるあまり、人は気おされて言葉を失うことがあります。この男性はもとより、映画や劇場から出てきた人ではなく、ただこの世界で自分の肖像画を描いているだけなのです。 -
Nicholas Sansone
(United States)
GR III
選評
この瞬間をどのように賞賛したらよいでしょう。花や抱擁、キスだけでは、生命の力、特に人生における痛みや喜びを説明することはできません。昔の人々は子どもが誕生した際、たき火をして大声をあげてお祝いしていたといいます。その瞬間、カメラはすべての感情を伝達し、画角に収めます。
愛する人の姿をどのように描くでしょうか?インクや油絵具での拓本技術は、すでに無数の顔を再現してきました。妻は母親の役割に手招きし、子どもは安らかな様子を、撮影者はリアルで忠実に描いています。このような光景を1年おきに描けるのでしょうか。これは「家」を描いているので、10年後には「愛」の果実を収穫することができるでしょう。
私たちは長くて複雑な日々の中でいったいどのように家を「描く」のでしょうか。生死が交錯する瞬間を、どうか勇気を出して痛みと喜びを、カメラを手に取り記録していただきたいです。写真の中のこの戦士が、目の前の家族を愛しているように。